映画祭『スポーツの光と影』について

開催日 : 2019年12月13日(金)~12月19日(木)


主催 : 日本大学芸術学部映画学科映像表現・理論コース3年「映画ビジネスⅣ」ゼミ/ユーロスペース

上映協力 : アークエンタテインメント/アイ・ヴィー・シー/アスミック・エース/アルバトロス・フィルム/エタンチェ/KADOKAWA/キュリオスコープ/神戸映画資料館/国立映画アーカイブ/松竹/新日本映画社/セルロイド・ドリームス/東風+gnome/東宝/日活/ノマド・アイ/ファントム・フィルム/ブロードウェイ/ポイント・セット/ロングライド/Park Circus

 ―日大アメフト問題から一年半。スポーツ映画を通して、私たちの声を伝える。―
 今年で9回目となる日藝生企画・運営の映画祭。昨年、私たちの日本大学でアメフト部のタックル問題が起こった。当時、いろいろな報道はあったが、結局真実はわからないまま。日本大学の学生たちも、面倒なことに巻き込まれないようにと知らないふりをしていた。私たち映画を学ぶ学生も、そのうちの一人だった。東京オリンピックを控え、スポーツに対しても同調圧力が強まる中で、個人の意見を主張することの重要さに気付かされ、自分たちの考えを発信したいとの思いから、この映画祭を企画した。
 スポーツに関する報道の多くは、美化されたものであり、選手たちの本当の姿を決して映しださない。そこには、暗黙の了解が存在している。今まで大人たちが見ない振りをしてきたスポーツの問題に、私たちは真摯に向き合う。
 本映画祭では、選手たちが自らの存在意義を懸命に表現しようとする映画を選んだ。清水宏監督の『花形選手』(1937)は、スポーツがモダンな娯楽だった頃の楽しさを空気で感じさせる。戸塚ヨットスクール事件の影響で公開中止となった西河克己監督『スパルタの海』(1983)では、体罰を正当化した指導法を垣間見ることができる。トニー・リチャードソン監督『長距離ランナーの孤独』(1962)は、走ることで社会に対する若者の反抗心を主張する。森義隆監督『ひゃくはち』(2008)の選手たちの姿は、何としてでも試合に出たい、勝ちたいという思いが描かれている。
また、「チームプレー」は、日本的な土壌と結びつくと人を傷つける力がある。個人の意見が尊重されにくいスポーツの古い制度から脱却しなければならない。オリンピックを目前にして、映画を通じて新しいスポーツ像を提唱し、観客とアスリートと共に考えていきたい。アスリートは試合でパフォーマンスをする。私たちは、映画でパフォーマンスをする。闘う場所は違えど、同じ表現者だから。

(映画祭企画学生一同)


これまでの映画祭

※映画祭タイトルをクリックすると、チラシのPDFファイルが開きます。


第1回「映画祭1968」
映画『マイ・バック・ページ』に感銘を受けた学生たちが現代の視点で「1968」という時代を再評価するべく、学生運動そのものや、そこから生まれた世界の変化や激動を描いた作品を集めた映画祭。

第2回「新・女性映画祭」
学生が映画を学ぶ中で「こんなふうに私も生きたい」と心を動かされ、困難に立ち向かうヒロインたちから生きる手がかりを得たいと国籍や時代を問わず幅広い作品が選出された映画祭。

第3回「監督、映画は学べますか?」
映画を学ぶ立場から日本映画の未来を見つめることを中心に、21世紀を担う監督たちを招き、自主制作作品や秘蔵映像などの上映を行った今までにない映画祭。4名の監督による討論なども話題に。

第4回「ワーカーズ 2014」
これから就活を始める大学3年という時期だからこそ直面する「働くということ」について、映画が映し出してきた時代ごとの「働く」様子を通じて考え直す映画祭。

第5回「ニッポン・マイノリティ映画祭」
映画の始祖・リュミエール兄弟の派遣したカメラマンが19世紀末のアイヌ民族の姿を撮影していたことから始まり、映画はいつもマイノリティを映し出してきた。世界的に偏見と排他が蔓延する現代にこそ、学生の視点から日本の差別の戦後史を見つめ直す映画祭。

第6回「信じる人をみる 宗教映画祭」
地下鉄サリン事件、9・11、イスラム過激派のテロ事件…。宗教と社会が不穏に結びつく時代を生きた95年生まれの学生たちが「信じるとは何か?」に真っ向から向き合う映画祭。

第7回「映画祭『映画と天皇』」
前年8月に天皇陛下が生前退位の意向を表明されたことは、平成生まれの学生たちにとって天皇や日本について考えるきっかけとなった。日本国憲法が施行されて70年、映画はどのように天皇を描き続けたのかを考える映画祭。

第8回「映画祭『朝鮮半島と私たち』」
『キューポラのある街』(1962)に描かれていた、朝鮮半島と日本の歴史に学生たちは衝撃を受けた。「知らなかった」では済まされない過去や問題を「身近なもの」として考え直す映画祭。高い評価を受け、翌年ソウルでも本映画祭のプログラムが上映された。